経済・政治・国際

2012年8月 6日 (月)

戦争って何の意味があるのだろう

今日は、広島の原爆忌ですね。

毎年、この時期に思うことは、あの戦争って、なんの意味があったんだろうと。

戦争が起きたこと自体、よくないけど、今はちょっと横においておく。
でも、例えば原爆で、あれだけたくさんの、「非戦闘員」の命が奪われた。
そうなることは、予想できたはず。

たくさんの母親、小さな子供、将来に希望をもった若者、など。
なんの目的で、彼らは死ななければならなかったんだろう。

何年経っても、あの原爆の意味は、わからない。
あのころの世界の政治家たちは、変な熱にやられて、人間的思考ができなくなっていたとしか思えない。そんな人たちが、国を動かしていた。

だから戦争が起きたのかもしれない。

いまだに世界のどこかで、紛争が起き、小さな子供まで、人殺しの武器を平気で使う地域もある。分別もつかない年の子供に、本ではなく、武器を与える。そのことを、異常なことだと思わない大人がいる。

なんで戦うんだろう。なんで憎みあうんだろう。
人間なら、互いを高めあって、みんなで幸せになろうと思わないんだろうか。

人を殺すくらい、他人を恨むのは簡単だが、それでは、死の連鎖は止められない。
自分の大切な人を殺されて、黙っていろと言っているわけじゃない。
それと同じことが、これ以上広まるのを、なくそうとすることの方が、大切なことじゃないかと思う。
人を殺そうとする人は、自分の大切な人が殺されてもいいと思っているのだろうか。
憎しみは、さらなる憎しみしか生まない。悪い連鎖は、どこかで絶たなければならない。

「共存共栄」という言葉は、外国には、ないのでしょうか。

建前論とか、きれいごととか言われても、別に気にしないが、人間的な人間がいて、人の気持ちがわかることの大切さを、誰かがどこかで言い続けなければならないという気がしてならないだけです。

さらに言えば、そういうことを、唯一戦争放棄を謳った憲法のある、日本が、世界に平和の大切さを発信し、世界の人たちに納得してもらい、戦争・紛争が起きない世界を作るべきだと思う。
市民レベルでは、そういう行動は、たくさん行われているが、国家レベルでは、あまりにもそういう取り組みが少なすぎるし、「金」で解決している限りは、なんにもならないことが分かってきただけでも、少しは進歩したが、まだ足りないと思う。

この時期は、毎年ナーバスになります。

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