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2012年8月15日 (水)

もしかしてよ(歴史が誤りかどうかはともかく、勉強になるかも)

http://news.nifty.com/cs/headline/detail/kyodo-2012081401002630/1.htm

によって、日本国民および周辺国家に対し、韓国(朝鮮)の歴史を勉強してもらえたら、ということを「謙虚に」考えているとしたら、頭が下がります。

まさか言葉通りってわけじゃあるまい。
浅薄な「売名運動」は、いくらなんでも、すぐバレバレだろうし。そうなったら、国民の支持を得るどころか、逆効果。
少なくとも、日本の総理大臣がそんなことをやったら、即罷免されますから。はい。

一国の大統領ともあろう方が、そんな思慮浅いということはなかろうと思います。
いくら選挙のためという側面があってもね。

ま、90年以上前のことですが。
(「三・一運動」で、Wikipediaで調べてみた。)

本当に諸問題を解決したければ、お互いに「歩み寄る」ことがなければ、いかんですよ。
いくら心中が「憎たらしい」という感情があっても、互いに理解しようと思う心が、民主主義なわけですから(まあ、現代の民主主義は、昔の民主主義とは、ちょっと違うらしいですが)。

憎みあうだけじゃ、損することばかりだと思うんですよね。一応、今現在、戦争もしていない、「平和」な国同士なわけで。
この時期に、文化や国際関係を、正しく学び、反省するところは反省し、将来に繰り返さないという心構えが、「互いに」必要。

少なくとも、一方が「恫喝」するものではないです。
話し合いってのは、「相互理解」に結びつけるのが目的の一つですから。
(わかってるかなぁ。)

ま、いつかそのうち、韓国には、いろんな意味で興味あるので、行ってみたいです。
わりと日本語が通じるらしいし。
(英語でもいいんですけれどね。流石に韓国語は、ちょびっとしか分からん。)

かの国の人って、日本の一部の小中学校で、韓国語の勉強しているってこと、知っているのかしらん。

平和が一番。だけれど、それにあぐらをかくのは間違い。
そういう意味で、「平和ボケ」な日本人は、ちょっと真剣に、国際関係を考える必要があるし、それができる国民だと思う。
だから、そのきっかけとなっている、李大統領は、ある意味「偉い」人かも。

結果的に、いい関係になれると、いいのですけれどね。
だって韓国の人、いい人も多いですからね。(多分。)

ま、お互い、よく考えるべきです。ただ「あいつが悪い」とするのは、ガキの感情。
「喧嘩するほど仲がいい」、という言葉もあったりしますよね、日本には。

あ、それと、日本の誇る日本語が、「もったいない」「共存共栄」以外にもありますよ。
「情けは人のためならず」。
世の中、人にやった「よいこと」も、「悪いこと」も、巡って自分に帰ってくる、ということで。
だから、その場で自分の利益になることばかり追求するんではなく、例えば、隣人には、いつも優しくしておけば、直接的なお礼が返ってくるとは限らないけれど、いろんな経路で、自分に有利な「物」とか「情報」とかが、集まってくるよ、ということ。
政治って、まさにそこを狙うべきことなんですよね。地味に実績を重ねれば、誰かが認めてくれるんだと信じること。

そうやって、地味な努力をして、今の日本が成り立っているのです。

大企業はともかく、町工場で、すごい技術を持った会社が、日本には、たくさんあるんですよ。
零細なのに、ロケットの部品作ってるなんて会社とか。
日本人も、そういうところを、誇りに思って、大事にしていかないと、世界の人から、「平和ボケ」と言われそうです。

だから、僕らは、これからも、がんばらなければいけないのです。

平和的に、軍隊も持たず、ここまで技術を極められ、諸国から一目おかれる存在になれた、ということに。

まあ、世の中には、「戦わないと、平和な社会にならない」という(信じる)国もあって(チュニジアのジャスミン革命に端を発する、北アフリカの三国の革命の話は、知っている方も多いでしょう)、本当はそうじゃない、だけれども、そうせざるを得ないという、残念な形で「平和」を得た国もあるわけで。
ま、昔も、フランス革命とか、民主化の動きは、大概「血を流す」革命で、そういう国の人たちには、「自由は、自分たち(の祖先)が、「得た」ものなんだ」という、強烈な経験に基づく「意志」がある。いわゆる「liberty」(「freeedom」ではない)ですね。そういう「自己犠牲を払って」得た「自由」には、確かに強いものがあると思う。必死に守る価値のある、文化的財産ともいえると思う。
そういう国々の青年は、実に筋の通った話をする。(まあ、経験したことのない、「次代を作る」作業を、「誇りと楽しさ」をもって実現できそうな、若者でした。TVで見る限り。

でも、戦争や紛争、国際問題が発生してから、それらについて学ぶというのも、なんだか手遅れ感とか、虚無感ってのがある。「本当は、他の平和的方法が、あったのではないか」と考えたり。(平和ボケですか?)

少なくとも、日本がこれほど自由な国ということに、「なんでこんなに幸せなの?」「なんで兵役をしなくてもいいの?」ということに疑問を持つ人が、若者を中心に、減っている気がして、また、平和であることをいいことに、それを悪いように利用したりする人もいたりして、同じ日本人として、そこが情けなく、やるせないところもあります。
平和は、「与えられる」ものじゃなく、本来は、「自分から求める」ものである。戦って得るんではなく、話し合いで得られればよいのですが。
そこがふらついているから、日本人(の若者)は、情けないと思う。

第二次大戦敗戦からも、70年近く経って、(例えアメリカに与えられた感もあれど)世界唯一の「戦争放棄」を明記した憲法がいまだに国民から支持されている事実が、あの敗戦の意味を考える(結果的には、よかったのかもしれないとすら思わせる)のではないかと思うんですけれど、いかがでしょうか。

なんにしろ、戦争はいけないです。戦争や紛争をしている国は、根本的な「方法論」を誤っています。自分のやり方、考え方を間違っていないか、本気で「自己改革」に取り組むべきです。本当に、兵器を持たないと、革命はできないのか?
それができてこその、「指導者」です。
(あ、そういえば、日本に、「指導者」は、いるんだろうか?首相はいますけど。なんだか雇われ社長みたいな、頼りない首相が。)

そういうことをせず、革命時、絶頂時は「英雄」だったが、後に政治が悪く、非難を浴びた人たち(カダフィさんとか、中国の毛沢東さんもそうなのかな?)も、けっこういるという事実もあるし、同じ人物でも、要注意だから、まして違う人物なら、なおさら注意とか。
そういう人を、いつまでも国のトップに置かないという仕組みも、「国にとって」、つまり、「国民の意思を十分に汲み取って」、よい政治を行う「仕組み」だと思います

後半は、ずいぶんと踏み込んでしまって、すみませんでした。
終戦記念日の前でもありますので、少しは「なんで日本は戦争を始めたのか」とか、今の日本が、今のようにあるということの「意味」を、少しでも考えるべきなんだと思います。

そういう、細かいところの積み重ねが、本当の「世界平和」に通じることもあるかもしれないですし。

ま、日本も、福島の原発事故のことを、未来永劫、残しておくべきです。将来的には、広島の原爆ドームみたいな存在になるかも。

国民を不幸にする政治は、あってはならないことです。(ということで、まとまりましたか?)

小市民の、ちょっとした抵抗の意見でした。お目汚し失礼しました。

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