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2012年6月20日 (水)

なかなかできないことだとは思う

福岡市の高島市長が、市職員の相次ぐ不祥事の責任をとり、自らの給与1か月分を全額カット。

正直、高島市長がどれだけのことができるか、疑問に思っていたのですが、なかなか、勇気のいることをやってくれました。(いや本当に失礼しました。)

上に立つことは、難しいものだし、それ以上に、自分に直接の非のない、部下の責任を、みなの満足のいく形で成し遂げることは、大変に難しい。

給与カットだけが方法ではないし、例え辞職という「よく聞く」ことをやったとしても、責任をとったと言えるかどうかはわからない。まあ、自分が明らかに不祥事を起こしたことであれば、辞職は当然だ。

部下の非を、言葉や処分で責めるのは、たやすい。
しかし、それで解決できるのは、よほど分かりやすい場合だろうし、それでも、叱責や処分でいいと思っているのなら、頭が固いというか、叱ったり、給与をカットしたり、辞めさせたりするとかいうのは、後のために、なんにもならない。
むしろ、最近では、「失敗した」ことを表彰する会社すらあり、そこで表彰された社員が、後に大成功をおさめて、会社や社会に、大きく貢献することになったことすらある。
失敗したことから学べる、風土作りが、従来の日本に欠けていることのひとつだと思う。

ましていわんや、皆で隠して、事なきを得ようとするのは、特に公務員にとっては、当然「まとめて部署ごと辞めてもらうしかないだろう」と市民から思われることだし。(でも、それが多かったのも事実。当然のことを当然ととらえられない風習が蔓延していた。)

失敗は、成功のもと。

しかし、福岡市の職員は、あまりにも、失敗から、学ばなさ過ぎたみたいだ。

これまでの方法では、うまくいかない、と、多分市長も、相当頭を悩ませたとは思う。

普通の企業の常識だと、日産のゴーン社長のように、大きな成果を挙げた人には、報酬も高く、成果を上げるどころか、社の利益を上げることのできなかった社長は、無報酬、場合によっては辞職なんて、当たり前に聞くようになった。
ここ10年以上、景気がよくなった実感もないし、給与もほとんど上がってない人が多数を占めているし。まあ、食料品の値上がりはあるけれど、工業製品などの値段は同じか下がっているので、それでもあまり困ってないけれど。

これだけデフレってる社会でも、公務員の給与は、最近まで下がることはなかった。
それが当然と思っている(既得権は当然の権利と勘違いしている)人が多いように見えるし、たいていのことをしでかしても、解雇されることはなかろう、と高をくくっている人が多いように思える。外から見てね。
で、実際、問題行動を起こす市職員の数は減っていなかったらしい。

まあ、給与を0円にしたから偉いと、単純に言うことはできない。
でも、いきなり給与0円は、かなりの人にとっては、きついことだと思う。

それを、自分から「やる」と言う、言えることが、すごいと思う。
まあ、それくらいしないと、誰も聞いてくれない「風土」があるんでしょうね。

辞めることは、まあ、誰でもできるしね。やろうと思えば。
特に、金銭的に不自由のないだろう人が、「やめる」でも、「はいはい、どうぞ」。
まあ多分、大臣を辞める(更迭される)人がいても、「ふ~ん」で終わりでしょう、たいていの場合(それだけ、軽く思われるようになってしまった)。

実際に無給でも、前アップルCEOの、スティーブ・ジョブズさんは、アップルの株をたくさん持っていたから、会社の業績を上げれば、その分、財産が増えたという話もあったけれど。
まあこれは特別(でも仕事へのモーティベーションは上がるよね)かもしれないですけれど。
でも就任当初はアップルもあまり景気よくなかったから。

「悪いスパイラル」を、「よいスパイラル」へと変えることは、大変工夫とアイディアのいること。いわば日本全体が、悪いスパイラルに入っている(でも、それでも円高なのは、欧米も、もっと大変なのかも)ということだろうし、そこをなんとか乗り切るきっかけを近いうちに掴まないと、日本沈没と言っても、洒落にならないですよね。

科学技術の世界だと、本当に「失敗したままじゃ、だめだ」ということを、厳しく考えるものなんですけれどね。
だから、H2ロケットは、今や外国から依頼されて衛星を打ち上げるまで、信頼できるレベルまで技術が向上したわけで。
(うん年前、失敗したとき、どんだけの「事情を判ってくれない」国民に、無駄遣い扱いされたことか。)

失敗した個人を責めることより、その事柄の起きる原因を追求する、そこから、次は同じことをやらないと反省し、向上させることに、安心して意欲を発揮できる社会にならないもんだろうか。

だから日本人は、失敗を恐れ、それゆえ思い切った革新的なことにチャレンジする意欲がない、したがって、小さな成果は挙げられても、大きな成果は挙げられないという気がする、で、結果的に、国際競争力なども低下していると思うのですけれどね。
(語弊がないように補足すると、「そうでない」会社も、ニッポンには、いっぱいありますけれどね。)

表向き、国際人をうんぬんみたいなこと「だけ」言って、「だからこうなる」という説明のない、理解不能な会社も、たくさんあるようですけれど。(外からわかんないんだから、中にいても多分わかんないんでしょうね。いまや説明責任力が重視される社会ですから。)

案外、海外留学をしたがらないという風土も、国民性以外に、上のようなことに、理由があるのかもしれないと、思ったりしてます。(まあ、自分も人のことは言えないような・・・。)

いい加減に、理由もなくがんばり(がんばらせ)すぎるのは(上司にとっては、とても楽だとは思うけれど)、もうやめて、本当にやるべきことを、働く本人がよく理解し、結果元気よく進み、自信をもって働き、後進に教えることのできるようになる社会(会社)になるべき時代だと思うのです。
それが、ニッポンのみんなの元気につながると信じている自分がいます。
#そこが、新しいニッポン流の、マネジメントの風潮になれば、面白いと思います。

ともかく、頑張れ、ニッポン!
(そして頑張れ、高島福岡市長!)

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