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2012年3月 9日 (金)

旧態依然なデジカメのインターフェース

デジカメ大好物な私ですが、さすがに、最近マンネリな感じがして、「これ、かっちょええ~」と、感激する代物には、なかなかお目にかかれません。

そんなこんにちですが、、
Dsc00354
この、ばかちんが。
貧乏なくせに。

しかし、写りはよし。けっこうしゃきっとしている印象。
なにより、携帯しやすいというのがよい。
NEX-5とかだと、パンケーキは35mmカメラ相当で24mmで、まあそれはそれで、広く撮れて、お得感もありなのですけれど、広すぎると思う時もけっこうあるのですよね。
かと言って、50mm相当では、風景とか、生活感とかは出しにくいし。
そういう意味で、27mm相当なのは、結構適度な感じかも。最短20cmで、うーむ、もう少し寄れたらとか思うけれど、一眼と比べるなら、まあよいかなと。

うーむ、ズームと違って、電源ボタンを押すとすぐ撮影できるのは、ちょっと嬉しいかも。

ま、それはいいとして。
Dsc00355
前から気にはなっていたこと。

この、ボタンが所狭しな感じ、15年前と、なんら変わってなくはないでしょうか。
まあ、ニコン1J1に限った話じゃなく、デジカメ全般なんですけれど。

タッチパネルは、ある意味、いいアプローチだとは思う。
でも、あれもちょっと。

機能はたくさんなんだけど、それをスムーズに扱える感じにはなってない。いまだに。

フィルムカメラなら、「ああ、これだけ操作性が改善されたから、もうこれ以上は望まない」というところに近いところまで来ていた気がするんですよ。ただし、皆さんご存知のとおり、フィルムカメラは、デジタルカメラのような多彩な機能はついてないですよね。

で、機能が多彩なら、ボタンを増やそう。うん、ある意味理解できる。
でも、ボタンを増やす(あ、タッチパネルも、タッチする場所がいっぱいある、という意味で、同罪です)、という、ある意味「安直」な方法に頼るのも、もうそろそろ、限界かなと。
少なくとも、15年前と変わらないというのは、テクノロジーの世界では、ちょっと問題ありかと。

じゃあどうせいというの?と言う声が聞こえますよ。はい。

究極は、「いい(残したい)と思った」「感動した」ら、その瞬間を、とらえたイメージどおりに撮影してくれるカメラではないでしょうか。
かの有名な米谷美久さんも、カメラのないカメラ、というか、念写(オカルト?)に近いカメラが理想だとかおっしゃっていたようで、それはうなずける。

数年前に、「人間は、本当に残しておきたい瞬間を撮れない」という感じのフレーズが耳に残る、確かビデオカメラのCMがあったけれど。

ま、上の2例に近づいているカメラって、現状、ないと断言できる。
あえて近づいているのが、例えばニコン1シリーズとか。

あえてレトロにしているカメラも、それはそれでいい(ただし僕は多分買わない)と思うけれど、本道は、「後退」でなく、「前進」だと思う。

カメラも、デジタル機器になってしまっているので、パソコンやTV、ビデオ(ブルーレイなど)と同じ、陳腐化が早い部類の(ある意味最先端の)機器だと思う。少なくとも、メーカーはそういう売り方をしている。

これから大切なのは、
1.ハードだけでなく、ソリューション(活用法)の提案を、一般(個人)ユーザーにも行う体制作り
2.陳腐化の激しい最先端の世界(すなわちデジカメやビデオカメラなど)を、新しいインターフェースの開発などで、常に最先端にいることを目指していく企業姿勢
が、必要なんではないかと思うのです。
逆にいうと、これが継続的にできるかということが、日本がこれからも世界の技術を引っ張っていく存在になれるかどうかの、分岐点(判断点:僕はここまででいいや、外国に負けてもしょうがないという諦めをする点)となると思うんです。

これらの点に比べれば、例えば、裏面照射CMOSなんて、正直、「誰かが思いつく」アイディアに過ぎないわけです。まあ、その配線とか、処理回路部分などは、企業秘密なので、海外企業が太刀打ちできない部分を、ここでは持っているわけではあります(だからそこにあぐらをかいていると、いずれ寝首をかかれるわけだが)。

ともかく、「これが最適、最高なのだ」という、固定概念は、捨て去らないといけない。
つまり、デジカメのインターフェースを例にとってはいるが、どんな業種(たとえば、毎日使う急須やポットなどにも、あてはまるかもしれない、という考え方が必要だと思う)でも、現状に満足して、あぐらをかいていれば、あっという間に(多分数年、へたすれば数ヶ月という時間で)、海外の新興勢に追い抜かれる。そうなると、デファクト・スタンダードを日本の技術で実現することもできず、結果として、海外勢に、利益をごっそり持っていかれると。

若者に望むのは、「なぜ日本は、国際的地位がここまで高いのか」ということを、考えて欲しい。「なぜ日本には兵役義務がないのか」について、意見が述べられるようになると、けっこうすごいなと思います。

年配の方に望むのは、「生涯新鮮な気持ちでないと、時代に取り残されるよ」と自覚すること。
どうやら、年をとっても、勉強はできるよう(運動能力は難しいらしいけど)なので、ぜひ年配者の方は、これまでのいろんな経験だけじゃなく、若者の気持ちなどを考えて、適切な(企業や社会が発展する仕組みを考える癖をつけるとか)ご指導をしていただきたいと思います。それとともに、CADなど、大事だと思うコンピュータの知識について、早々にあきらめず、がんばって習得する気力を蓄えて、がんがん若い者に質問するくらいに、柔軟な気持ちを持って欲しいなと思います。
あと、若い人を楽しませるテクニックも、磨いてくれたら、うれしく思います(若者と年配の中間の立場としては)。

あ、そういう話じゃなかったんだっけ。閑話休題。

ともかく、デジカメが小さくなったということ。それはよい。
でも操作はしにくい。う~ん、脳(ハチマキ)にセンサーを組み込んで、意思をカメラに伝えるシステム。
シャッターだけの機能の場合が多い、リモコンに、主たる機能を詰め込み、本体は、ほとんど操作しないでよいシステム。
(僕が昔から考えていたんだが)ヘッドフォンや、ヘルメットにつける懐中電灯のような感じでカメラを搭載し、思ったところで、視線(カメラ)にある画像を撮影する、または動画を撮影する技術。

ん~、もっと進むと、特に小さいお子さんを持つ世代なんか、「うちの子の、いちば~んかわいいいところを撮ってぇ」(具体的定義がしにくいが)みたいな要望にこたえられるとか、いいですね。

あと、医療関係で、「あんたはよ病院にいきない」(九州外で意味不明か?)てことを、アドバイスするシステムとか~。

ま、アイディアは尽きない(というか、今の生活に、満足できんし)。
大きな家に住むことが理想ではないけれど、大きな理想、アイディアの元で生きるってのは、いいなあと思うんですよ?
ということで、まとまったんですかね~?
ま、デジカメのIFについて、何か思いついたら、ここでまた、発表したいです。
とりあえず思うのは、「リモコン」がもっと活用できないかということ。どうでしょう。
(僕は特許より、市民利益を優先したい~)

長文すみませんでした(__)

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